大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)209号 判決 1997年2月05日

東京都大田区下丸子3丁目30番2号

原告

キヤノン株式会社

代表者代表取締役

御手洗肇

訴訟代理人弁理士

中村稔

高梨幸雄

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

高島喜一

光田敦

幸長保次郎

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由第1 当事者の求めた判決 1 原告  特許庁が、昭和62年審判第3022号事件について、平成5年10月4日にした審決を取り消す。  訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告  主文と同旨第2 当事者間に争いのない事実 1 特許庁における手続の経緯  原告は、昭和56年6月4日、名称を「超小型なズームレンズ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭56-86188号)が、昭和61年12月5日に拒絶査定を受けたので、昭和62年2月26日、これに対する不服の審判の請求をした。  特許庁は、同請求を昭和62年審判第3022号事件として審理したうえ、平成4年6月5日、特許出願公告をした(特公平4-34125号)が、特許異議の申立てがあり、平成5年10月4日、特許異議の申立ては理由がある旨の決定と共に、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月4日、原告に送達された。 2 本願発明の要旨  バックフォーカスの短いレンズに於いて、物界側にあって、少なくとも2枚以上の正レンズ及び少なくとも1枚以上の負レンズを有し、全体として正の屈折力を有する移動可能の第1レンズ群と、像面に対向し、少なくとも1枚以上の正レンズと少なくとも1枚以上の負レンズを有し、全体として負の屈折力を有する移動可能な第2レンズ群が単一の系を成す様に順に配され、前記第1レンズ群の少なくとも1枚の負レンズの物界側と像界側に各々少なくとも1枚の正レンズを有し、また前記第2レンズ群内の最も物界側に像界側のレンズ面が凸面である正レンズと像界側に像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズを有しており、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングする事を特徴とする超小型なズームレンズ。 3 審決の理由  審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、「Journal of the SMPTE Volume 69 August 1960」534~544頁(以下「引用例1」という。)、林一男等著「写真技術講座1 カメラ及びレンズ」(共立出版昭和30.11.25発行)159~211頁(以下「引用例2」という。)、特公昭43-3417号公報(以下「引用例3」という。)、実公昭45-7412号公報(以下「引用例4」という。)、特公昭47-33369号公報(以下「引用例5」という。)及び特開昭49-113621号公報(以下「引用例6」という。)の、本願出願前周知のものに基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。第3 原告主張の審決取消事由の要点  審決の理由中、本願発明の要旨、引用例3~6の記載事項及び相違点<1>の各認定は認める。引用例2に審決認定の記載があることは認めるが、それがズーミングに関するものであることは否認する。引用例1の記載事項及び相違点<2>の各認定は否認し、各相違点の判断は争う。  審決は、引用例1、2の記載事項の解釈を誤って本願発明と引用例1、2との相違点を看過し(取消事由1)、各相違点の判断を誤り(取消事由2)、本願発明の格別の効果を看過して(取消事由3)、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。 1 取消事由1(引用例1、2の記載事項の解釈の誤り、本願発明と引用例1、2との相違点の看過)  (1) 審決は、引用例1に「物界側にあって全体として正の屈折力を有する第1レンズ群と、像面に対向し全体として負の屈折力を有する第2レンズ群とを順に配し、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングするようにしてズームレンズを構成する旨の事項」(審決書4頁3~8行)が記載されており、また、「ズームレンズの技術分野においては、物界側にあって全体として正の屈折力を有する第1レンズ群と、像面に対向し全体として負の屈折力を有する第2レンズ群が単一の系を成す様に順に配されたいわゆる望遠タイプのレンズ系を採用し、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングするようにしたズームレンズは、前記引用例1及び引用例2に示されるように、本願の出願前周知である。」(同6頁2~10行)と認定しているが、以下に述べるとおり誤りである。  引用例1には正の第1レンズと負の第2レンズの2つのレンズより成る望遠タイプのズームレンズが近軸屈折力配置として開示されているだけであるから、審決において、引用例1に「全体として正の屈折力を有する第1レンズ群」及び「全体として負の屈折力を有する第2レンズ群」が開示されているとした認定は、第1レンズと第2レンズが各々複数のレンズより成ることを意味することになり、誤りである。  また、引用例1は単に正レンズと負レンズの2つのレンズより成るズームレンズを示しているだけであり、これが直ちに本願発明の目的とするバックフォーカスの短い所定の光学性能を有したズームレンズに適用できることに関しては何ら開示していない。  次に、引用例2は、以下に述べるとおり、ズームレンズに関するものではなく、これをズームレンズについての周知技術の根拠として挙げることは誤りである。  すなわち、一般に、ズームレンズは、「岩波理化学辞典第3版増補版」701頁(甲第13号証)に記載されているように、「像面の位置を不変にたもったまま、焦点距離したがって倍率を連続的に変化させうるレンズ」で、「レンズ系の一部を動かして焦点距離を変化させるが、移動範囲の2点ないし4点で収差および像面移動を光学的に補正する方法と、レンズの運動をカムで調節して機械的に補正する方法とがあ」り、焦点距離を変えても(撮影倍率を変えても)像面が一定位置にあるレンズ系をいい、一般には少なくとも2つのレンズ群を所定の関係を維持しつつ光軸上移動させているのである。  これに対し、引用例2は、望遠レンズの像面側に負レンズを装着した組合せ望遠レンズに関するものであって、ズームレンズに関するものではない。  審決は、引用例2に「この凹レンズと前方の写真レンズとの間隔を調節することによって、ある程度、合成焦点距離を変化することができるものである」との記載があり、これをズーミングすることができるものと解釈している。  しかし、引用例2は、望遠写真レンズの像面側に凹アタッチメントレンズを配置し、このときの望遠写真レンズと凹アタッチメントレンズとの間隔を変えれば、全系の合成焦点距離が単に変化することができると述べているだけであり、ズームレンズに関する記載ではないから、本願発明のズームレンズのレンズ構成とは基本的に全く異なるものである。  (2) 審決は、本願発明と引用例1、2に示された周知のものとの相違点として、「<2>本願発明は、第1レンズ群が、少なくとも2枚以上の正レンズ及び少なくとも1枚以上の負レンズを有し、少なくとも1枚の負レンズの物界側と像界側に各々少なくとも1枚の正レンズを有しており、第2レンズ群が、少なくとも1枚以上の正レンズと少なくとも1枚以上の負レンズを有し、最も物界側に像界側のレンズ面が凸面である正レンズと像界側に像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズを有しているレンズ配置(以下「本願発明に係るレンズ配置」という。)の望遠タイプのレンズ系を採用した点。」(審決書7頁2~12行)を挙げているが、この認定は、ズームレンズとしてズーミング(変倍)を行うための第1レンズ群と第2レンズ群とが移動可能で、双方の間隔を変えるという要件を看過しており、これをもって「本願発明に係るレンズ配置」としたのは誤りである。 2 取消事由2(各相違点の判断の誤り)  (1) 審決は、相違点<1>として、「本願の発明は、バックフォーカスを短くして超小型化を図った点」(同6頁末行~7頁1行)を挙げ、この点に関して、「レンズ系として望遠タイプのものを採用し、バックフォーカスを短くして超小型化を図ることが、本願出願前周知であることを考慮すれば(例えば、特開昭55-73014号公報や写真工業1979年8月号74頁の「レンズ」の項及び図5参照)、望遠タイプのレンズ系を採用するズームレンズにおいてもバックフォーカスを短くして超小型化を図ることは、当業者が容易になし得る設計上の事項と認められる。」(審決書7頁15行~8頁3行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。  審決摘示の上記文献には、レンズ系を2つのレンズ群に分けることの概念、2つのレンズ群を光軸上移動させてズーミングすることの記載が全くないし、レンズ系全体を第1レンズ群と第2レンズ群の2つのレンズ群に分けるとき、どのように分けるかも明瞭ではない。  また、上記文献に記載された望遠タイプの単一の焦点距離のレンズ系ではバックフォーカスを短くして超小型化を図っているが、このレンズ系がズームレンズにも同様に適用できるとの記載及び根拠は全く開示されていない。  本願明細書(甲第3、第4号証)に記載してあるように、物界側より負の屈折力の第1レンズ群と正の屈折力の第2レンズ群の2つのレンズ群で構成されているショートズームではバックフォーカスが長いので、本願発明のズームレンズは、これらのショートズームに比べてバックフォーカスを短くするたあに第1レンズ群を正の屈折力、第2レンズ群を負の屈折力としたものである。  したがって、望遠タイプの単一の焦点距離のレンズ系がバックフォーカスを短くして超小型化を図っているからといって、その考えをそのまま本願発明のズームレンズに適用できる設計上の事項としたのは理論が飛躍しており、誤りである。  (2) 審決は、相違点<2>に関して、「望遠タイプのレンズ系においては、物界側から順に正レンズ、負レンズ、正レンズのレンズ配置を含むレンズ群と、物界側から順に、像界側のレンズ面が凸面である正レンズと像界側に像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズのレンズ配置を含むレンズ群からなるレンズ配置すなわち本願発明に係るレンズ配置は、前記甲第3号証乃至甲第6号証(注、引用例3~6)に示される如く周知である。したがって、望遠タイプのレンズ系を採用してズームレンズを設計するに際し、当該望遠タイプのレンズ系のレンズ配置として前記周知のレンズ配置を選択して、本願発明のズームレンズを構成することは、当業者が容易に成し得る事項と認められる。」(審決書8頁4~17行)と判断しているが、以下に述べるとおり誤りである。  望遠レンズは、株式会社日本カメラ社発行「写真用語事典」初版168~169頁(甲第14号証)にも記載されているように、正の屈折力の第1レンズ群と負の屈折力の第2レンズ群とを光軸上、所定の間隔で固定配置し、全体として一体不可分の関係で配置したレンズ系をいうところ、引用例3~6記載の望遠レンズは、レンズ系全体で収差補正されており、単一の焦点距離のレンズ系として1つの焦点距離で収差補正を与えているにすぎない。したがって、任意の2つのレンズ群に分割した第1レンズ群と第2レンズ群を光軸上移動させても各レンズ群内での収差補正がされていないため、一般的な画像として観察できる程度の光学性能を得ること、すなわち、ズームレンズとしての機能は得られない。  これに対し、本願発明は、正の屈折力の第1レンズ群と負の屈折力の第2レンズ群との2つのレンズ群を光軸上移動するレンズ群として取り扱っており、この移動レンズ群のレンズ構成を適切に設定して変倍に伴う諸収差を良好に補正して高い光学性能を有した小型ズームレンズを得ていることを特徴としているから、光軸上を移動させることを前提としていない単一焦点距離の望遠レンズとは基本的なレンズ構成及び設計思想が全く異なっており、双方を同一視することはできない。  しかるに、審決は、単一焦点距離の望遠レンズと本願発明の2つのレンズ群よりなるズームレンズとを、単に物体側より順に配置されたレンズ構成のみにおいて比較し、本願発明に係るレンズ配置が本願前周知であり、これより望遠タイプのレンズ系のレンズ配置として本願発明のズームレンズを構成することができると判断をしているが、これはズームレンズの光学的作用及び収差補正等の基本的なレンズ設計原理を無視した飛躍した論理である。  したがって、審決が本願出願前より周知のレンズ系を選択して本願発明のズームレンズを構成することは当業者が容易になし得る事項であると判断したのは誤りである。 3 取消事由3(本願発明の格別の効果の看過)  審決は、「本願発明の効果は、前記周知のものから当業者であれば予測できる程度のものである。」(審決書8頁18~19行)と認定しているが、以下に述べるとおり誤りである。  本願発明は、本願明細書に記載されているように、「第1レンズ群を正、負、正の屈折力配置にすることにより、正レンズから発生する負の軸上色収差及び正の倍率色収差を負レンズで補正し、又、正レンズから発生する負の球面収差とコマ収差を同様に負レンズで補正することができる。更に非点収差(原文の「融差」は「収差」の誤記と認める。以下同じ。)と像画湾曲を正レンズと負レンズで補正している。このように本発明の構成は第1レンズ群内において多くの諸収差を良好に補正することが可能となつているのである。第2レンズ群内においては軸上光線は最も物界側で最も高くなり、軸上特性を示す球面収差を最も物界側の正レンズの像界側のレンズ面を凸面とすることにより第1レンズ群の残存収差を打ち消している。又、主光線の高さは最も像界側のレンズで最大となる為に最も像界側のレンズを像界側へ凸面を向けたメニスカス(原文の「メンスカス」は「メニスカス」の誤記と認める。以下同じ。)負レンズとすることによりコマ収差、非点収差及び像画湾曲等の軸外特性を良好に補正している。又、正レンズと負レンズを少なくとも1枚ずつ有することにより色収差も良好に補正している。」(甲第3号証4欄30行~5欄5行)というように、変倍に際して移動する第1レンズ群と第2レンズ群のレンズ構成を特定することにより各レンズ群内において変倍に伴う諸収差を良好に補正し、高い光学性能を得ることができるという格別の効果を得ている。  これに対し、審決が本願出願前周知のものとして挙げるものは望遠レンズであるため、第1レンズ群内及び第2レンズ群内で各々変倍に伴う諸収差を良好に補正するという概念はなく、当然のことながら記載もなく、本願発明の効果はこれら周知のものから予測できるものではない。  なお、被告は、原告主張の効果は本願発明の構成に基づかない、根拠のないものである旨主張する。しかし、特許請求の範囲には発明の数値例を記載するのでなく、発明としての技術思想に相当する構成要件を記載すればよいのであって、本願発明の目的を達成するための構成要件は、特許請求の範囲に記載したとおりであり、ここに示す構成要件を基本構成として採用すれば、ズームレンズとして本願明細書中に記載したように、軸上色収差、倍率色収差、球面収差、非点収差等の諸収差が良好に補正することができるという効果が容易に得られるのである。そして、この構成要件を基本として数値実施例を構成すれば、ズーミングを行っても収差変動の少ない、良好な光学性能を有した画像が容易に得られ、かつバックフォーカスを含め小型化されたズームレンズが達成できるのである。第4 被告の反論の要点  審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1について  (1) レンズ設計の分野においては、一つのレンズから成る群のみならず複数のレンズから成る群を、当該群のレンズ系全体としての正又は負の屈折力をも併せて、正又は負の一つのレンズで表示することは自明の事実である。このことは、引用例1(甲第5号証)に3成分のズーム系として、個々の成分(群)が複数のレンズから成るものが記載されており(同号証538頁左欄4~10行及びFig.5参照)、同様の表示は本願明細書の第2図でも行われていることからも明らかである。したがって、審決において、引用例1に「全体として正の屈折力を有する第1レンズ群」及び「全体として負の屈折力を有する第2レンズ群」が開示されているとした認定及び「望遠タイプのレンズ系を採用したズームレンズ」が本願の出願前周知であることを示すための証拠として引用例1を挙げた点に誤りはない。  引用例2(甲第6号証)記載のレンズ系は、正の第1レンズ群及び負の第2レンズ群からなり、それらの群の間隔を変えて変倍するものであり、しかも例えば、「写真工業」1980年12月号21頁~24頁(乙第1号証)の記載(特に22頁の右欄3~4行及び同欄8~16行参照)から、ズームレンズにできることは明らかであり、引用例2をズームレンズと認定した点に誤りはない。  (2) 原告は、「ズームレンズとしてズーミング(変倍)を行う為の第1レンズ群と第2レンズ群とが移動可能で、双方の間隔を変えるという要件」を看過している旨主張するが、当該要件は、上記周知の「望遠タイプのレンズ系を採用したズームレンズ」が具備しているので、審決の認定に誤りはない。 2 取消事由2について  (1) レンズ系を2つのレンズ群に分け、第1レンズ群を正の屈折力、第2レンズ群を負の屈折力としたタイプのもの、すなわち望遠タイプのものをしンズ系として採用し、バックフォーカスを短くして超小型化を図ることは、審決でも認定したように本願出願前周知である(例えば、特開昭55-73014号公報(甲第11号証)や「写真工業」1979年8月号74頁の「レンズ」の項及び図5(甲第12号証)参照)。  すなわち、望遠タイプを採用する限り、レンズ系は、単一焦慮距離のレンズであろうとズームレンズであろうと、原理的にはバックフォーカスが短く小型化に適していることは当業者に自明の事項であるから、ズームレンズにおいても望遠タイプのレンズ系を採用することにより、バックフォーカスを短くして超小型化を図ることは、当業者が容易になしうる設計上の事項とした審決の認定に誤りはない。  (2) 次に、正の屈折力を有する第1レンズ群と負の屈折力を有する第2レンズ群から構成されるいわゆる望遠タイプのレンズ群を採用し、両レンズ群の間隔を変えてズーミングするようにしたズームレンズは、本願出願前周知である(引用例1、引用例2、乙第2、第3号証)。  また、望遠タイプのレンズ系においては、物界側から順に、正レンズ、負レンズ、正レンズのレンズ配置を含むレンズ群と、物界側から順に、像界側のレンズ面が凸面である正レンズと像界側に像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズのレンズ配置を含むレンズ群からなるレンズ配置、すなわち本願発明にかかるレンズ配置は、引用例3(甲第7号証)~引用例6(甲第10号証)から、本願出願前周知である。  したがって、望遠タイプのレンズ系を採用してズームレンズを設計するに際し、第1レンズ群は正の屈折力を有し、第2レンズ群は負の屈折力を有するという条件下、甲第7~10号証に示されるような周知の望遠タイプのレンズ配置を2群に分け、当該2つの群の間隔を変えて本願発明のズームレンズを構成することは、当業者が容易になしうる事項である。  この点は、引用例1(甲第5号証)の「変形ペッツヴァールタイプの2-成分投影レンズは、中央の空気間隙を変えることによりズーム投影機に転用される。2つの正の成分を同時に動かすために必要な多数のピンースロット機構が記述されている。」(同号証537頁右欄32~38行、訳文4枚目9~13行)という記載から理解できるとおり、既存の変形ペッツバールタイプの投影レンズを2群に分け、その第1レンズ群と第2レンズ群との間隙を変えることによりズームレンズに変換していることからも明らかである。 3 取消事由3について  特許請求の範囲によって規定される要件でズームレンズを構成しても、収差補正の複雑性にかんがみ、直ちに上記効果を有するものではない。軸上色収差、倍率色収差、球面収差、そして非点収差等の諸収差が良好に補正されたズームレンズ、すなわち、ズーミングを行っても収差変動の少ない良好なる光学性能を有した画像を形成するズームレンズは、それを可能とする技術手段が特許請求の範囲に発明の構成に欠くことができない事項として記載されていなければならない。仮に、本願発明において、明細書に実施例として記載されている数値が根拠となる場合には当該数値を、また、収差補正上等の技術手段を発見した場合には当該手段を、特許請求の範囲に記載すべきである。  本願発明においては、特許請求の範囲に当該数値や手段が記載されていない以上、本願発明が上記効果を奏することを前提とした原告の主張は、本願発明の構成に基づかない根拠のないものであり、失当である。第5 証拠  本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。第6 当裁判所の判断 1 取消事由1(引用例1、2の記載事項の解釈の誤り、本願発明と引用例1、2との相違点の看過)について  (1) 審決の引用例1の記載事項の認定(審決書4頁3~9行)につき、原告は、そこには、正の第1レンズと負の第2レンズの2つのレンズより成る望遠タイプのズームレンズが近軸屈折力配置として開示されているだけであり、この第1レンズ、第2レンズが各々複数のレンズより成ることは開示されていない旨主張する。  しかし、引用例1(甲第5号証)には、「ズームレンズの光学原理」の「2-成分系」の節に、「本節では、ズームレンズの初期のタイプで、正及び負の成分、あるいは2つの正の成分が適当なメカニズムにより同時に異なる割合で移動するものを取り扱う。」(同号証537頁左欄下から8~4行、訳文1枚目2~7行)と記載されており、また、引用例1に、「初期ズームカメラレンズの一つ、Bell & Howell Cookeの“Varo”もまた3つの独立に動かされる成分を有している。中央のレンズは、6つの要素のガウスタイプの対物レンズであり、2つの移動可能な負の成分の間を動く。」(同538頁左欄4~10行)との記載があることは当事者間に争いがない。この記載及び図面(Fig 5)によれば、この3成分(原文ではcomponents)の中央の成分が6枚組のレンズから構成されており、したがって、ここでいう成分はレンズ群を指していることが認められる。  本願明細書及び図面(甲第3、第4号証)にも、従来の物界側より順に負、正の2つのレンズ群で構成されたいわゆるショートズームの概略を示すものとして、負、正の各レンズ群がそれぞれ1枚のレンズとして図示されており(甲第3号証図面第1図)、この点につき特段の説明はないことが認められる。  以上の事実によれば、このように、複数のレンズから成る群を、当該群のレンズ系全体としての屈折力を当該群の屈折力として、この群を正又は負の屈折力を有する1枚のレンズとして表示することは、特段の説明を要しない自明のことと認められる。原告の上記主張は、およそ採用できない。  そして、引用例1記載のレンズ系が物界側に正のレンズ及び像界側に負のレンズを配置した望遠タイプのズームレンズであることは当事者間に争いがないから、審決の引用例1の記載事項の認定(審決書4頁3~8行)に誤りはない。  (2) 引用例2に、「望遠写真レンズには、主として二つの形式がある。第一の形式はその初期において発表した望遠アタッチメントと称すべきものである。普通の写真レンズの後方に適当な距離を離して、球面収差、色収差を補正した色消凹レンズを配置するもので、compound objectiveとよんだ。この凹レンズと前方の写真レンズとの間隔を調節することによって、ある程度、合成焦点距離を変化することができるものである」(審決書4頁11~19行)との記載があることは、当事者間に争いがない。  この記載によれば、前記の望遠写真レンズ系では、前記凹レンズの移動によって全体のレンズ系の合成焦点距離を変化させることができるのであるから、引用例2記載のレンズ系は少なくとも単一焦点距離を有する望遠レンズとはいえない。そして、「写真工業」1980年12月号21頁~24頁(乙第1号証)によれば、ダルメイヤー(Dallmeyer)が、正レンズ系の後ろ側に色消凹レンズを向かい合わせた負レンズ系を配置した望遠レンズを1891年に完成したこと、その望遠レンズにおいては、主レンズと負レンズ系との間隔を調節することにより合成焦点距離を変化させることが可能で、それをズームコンバータのはしりと考えてよい旨の記載(同号証22頁右欄8~16行)が認められ、これによれば、本願出願前に、引用例2記載のものと同種のものが既にズームコンバータの一種と理解されていたことは明らかというべきである。  (3) 以上認定の事実によれば、審決が、「ズームレンズの技術分野においては、物界側にあって全体として正の屈折力を有する第1レンズ群と、像面に対向し全体として負の屈折力を有する第2レンズ群が単一の系を成す様に順に配されたいわゆる望遠タイプのレンズ系を採用し、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングするようにしたズームレンズは、前記引用例1及び引用例2に示されるように、本願の出願前周知である。」(審決書6頁2~10行)と認定したことに誤りはなく、この認定を前提として、本願発明とこの周知のものとが、「いわゆる望遠タイプのズームレンズであって、物界側にあって全体として正の屈折力を有する移動可能の第1レンズ群と、像面に対向し全体として負の屈折力を有する移動可能な第2レンズ群が単一の系を成す様に順に配され、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングするようにしたものである点で一致しており」とした一致点の認定(同6頁12~19行)も正当と認められる。  (4) 原告は、審決の相違点<2>の認定につき、ズームレンズとしてズーミング(変倍)を行うための第1レンズ群と第2レンズ群とが移動可能で、双方の間隔を変えるという要件を看過しており、これをもって「本願発明に係るレンズ配置」としたのは誤りである旨主張するが、ズームレンズとしてズーミング(変倍)を行うための第1レンズ群と第2レンズ群とが移動可能で、双方の間隔を変えるという構成は、前示のとおり、本願発明と上記周知のものとの一致点に係る構成であると認められるから、審決は、相違点の認定において、この一致点に係る構成を除いて相違点<2>を認定したものであることが容易に理解され、この認定に何らの看過もないことは明らかである。  取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(各相違点の判断の誤り)及び取消事由3(本願発明の格別の効果の看過)について  (1) 本願発明と引用例1、2に示される周知のものとの審決認定の相違点<1>、すなわち、「本願発明は、バックフォーカスを短くして超小型化を図った点」(審決書6頁末行~7頁1行)につき、審決は、「レンズ系として望遠タイプのものを採用し、バックフォーカスを短くして超小型化を図ることが、本願出願前周知である」とし、この周知技術を示すものとして特開昭55-73014号公報と、「写真工業」1979年8月号74頁の「レンズ」の項及び図5を例示している(同7頁15~20行)。  上記各文献に記載されたものがいずれも、望遠タイプではあるが単一焦点距離を有するレンズ系であって、ズームレンズに係るものではないことは当事者間に争いがなく、原告は、これらの文献には、このレンズ系がズームレンズにも同様に適用できることの記載及び根拠は全く開示されていない旨主張する。  しかし、引用例1(甲第5号証)には、「変形ペッツヴァールタイプの2-成分投影レンズは、中央の空気間隔を変えることによりズーム投影機に転用される。」(同号証537頁右欄32~35行、訳文4枚目9~11行)と記載され、これによれば、単一焦点距離の変形ペッツバールタイプの投影レンズの第1レンズ群と第2レンズ群との間隔を変えることによりズームレンズに転換することが本願出願前に知られていたと認められ、また、レンズ群を移動して変倍を行うズームレンズにおいても、レンズ群が良好に収差補正がなされているかは、所望の変倍値における静止した状態での問題として考慮されるべきものであることを考慮すれば、レンズ群を移動させない単一焦点距離のレンズ系のレンズ配置を参考にして、ズームレンズのレンズ系の配置を設計することは、当業者が容易に行いうることと認められる。したがって、審決の挙げた上記各文献にそのレンズ系がズームレンズにも同様に適用できることの記載及び根拠は全く開示されていないとしても、これら各文献に示される周知事項を参照して、本願発明の容易推考性を判断することは正当であり、これを論難する原告の主張は採用できない。  原告は、レンズ系全体を第1レンズ群と第2レンズ群の2つのレンズ群に分けるときどのように分けるか明瞭でないと主張し、また、引用された望遠タイプの単一焦点距離のレンズ系がバックフォーカスを短くして小型化を図っていることを認めながら、このレンズ系がズームレンズにも同様に適用できる根拠が示されていない旨主張する。  しかし、前示のとおり、単一焦点距離の変形ペッツバールタイプの投影レンズの第1レンズ群と第2レンズ群との間隔を変えることによりズームレンズに転換することが本願出願前に知られていたのであり、また、望遠タイプ(テレタイプ)については、一般に、「テレタイプでは前群の凸レンズから離して、後群に凹レンズを配し、レンズの全長を焦点距離より短く設計してある。望遠レンズは同じ焦点距離の長焦点レンズに比べて小型になる」(甲第14号証・「写真用語事典」168~169頁、「望遠レンズ」の項)ことは本願出願前に知られていたものと認められる(この文献の発行は本願出願後であるが、写真に関する事項の基礎的な理解は本願発明の出願当時とも同じであると認められる。)から、当業者が引用例1、2に記載されている望遠タイプのレンズ系を全体として正の屈折力を有する第1レンズ群と全体として負の屈折力を有する第2レンズ群に分けて認識することは容易であり、また、ズームレンズにおいても、それが望遠タイプのレンズ系を採用する以上、バックフォーカスが短く小型化されるものであることは容易に理解されるところと認められる。なお、本願発明の要旨には、「超小型なズームレンズ」と規定されているが、何と対比して「超小型」というのかは明らかにされていないから、その意味はレンズ設計上可能な範囲で小型化したものという意味以上の意味を有するものとは認められない。  したがって、原告の上記主張は採用できず、審決が、審決認定の上記相違点<1>についての周知技術を考慮して、「望遠タイプのレンズ系を採用するズームレンズにおいてもバックフォーカスを短くして超小型化を図ることは、当業者が容易になし得る設計上の事項と認められる。」(審決書7頁20行~8頁3行)と判断したことに誤りはないというべきである。  (2) 審決認定の相違点<2>、すなわち、「本願発明は、第1レンズ群が、少なくとも2枚以上の正レンズ及び少なくとも1枚以上の負レンズを有し、少なくとも1枚の負レンズの物界側と像界側に各々少なくとも1枚の正レンズを有しており、第2レンズ群が、少なくとも1枚以上の正レンズと少なくとも1枚以上の負レンズを有し、最も物界側に像界側のレンズ面が凸面である正レンズと像界側に像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズを有しているレンズ配置(以下「本願発明に係るレンズ配置」という。)」(同7頁2~11行)につき、審決は、この本願発明に係るレンズ配置は、引用例3~6に示されるとおり周知であるから、この「周知のレンズ配置を選択して、本願発明のズームレンズを構成することは、当業者が容易に成し得る事項と認められる。」と判断している(同8頁15~17行)。  原告は、引用例3~6記載の望遠レンズは光軸上を移動させることを前提としていない単一焦点距離の望遠レンズであり、単一焦点距離のレンズ系として一体不可分の関係で配置したレンズ系全体で1つの焦点距離で収差補正をしているものであるのに対し、本願発明は光軸上を移動する2つのレンズ群のレンズ構成を適切に設定して変倍に伴う諸収差を良好に補正するものであるから、両者は、基本的なレンズ構成及び設計思想が全く異なっており、引用例3~6記載の望遠レンズのレンズ配置によって、本願発明のズームレンズを構成することができるとする審決の判断は、基本的なレンズ設計原理を無視したものである旨主張する。  しかし、前示のとおり、レンズ群を移動させない単一焦点距離のレンズ系のレンズ配置を参考にして、ズームレンズのレンズ系の配置を設計することは、当業者が通常に行うことと認められ、引用例3~6には、単一焦点距離の望遠タイプのレンズ系につき本願発明に係るレンズ配置と同じ配置のレンズ系が記載されていることは、当事者間に争いがないのであるから、この周知のレンズ配置を採用して望遠タイプのズームレンズを設計し、本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できることと認められる  確かに、本願明細書(甲第3、第4号証)には、「本発明のズームレンズに於いては、・・・メニスカス負レンズからなる構成を有するものである。このようなレンズ構成を採用することによりズーミングする際の諸収差、特に球面収差、像画湾曲、コマ収差等の変動を除いて良好に収差補正をすることができるのである。すなわち、第1レンズ群を正、負、正の屈折力配置にすることにより、正レンズから発生する負の軸上色収差及び正の倍率色収差を負レンズで補正し、又、正レンズから発生する負の球面収差とコマ収差を同様に負レンズで補正することができる。更に非点収差と像画湾曲を正レンズと負レンズで補正している。このように本発明の構成は第1レンズ群内において多くの諸収差を良好に補正することが可能となつているのである。第2レンズ群内においては軸上光線は最も物界側で最も高くなり、軸上特性を示す球面収差を最も物界側の正レンズの像界側のレンズ面を凸面とすることにより第1レンズ群の残存収差を打ち消している。又、主光線の高さは最も像界側のレンズで最大となる為に最も像界側のレンズを像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズとすることによりコマ収差、非点収差及び像画湾曲等の軸外特性を良好に補正している。又、正レンズと負レンズを少なくとも1枚ずつ有することにより色収差も良好に補正している。」(甲第3号証4欄14行~5欄5行)との記載があり、実施例について、「以下、本発明の実施例を示す。尚、第3図Aは第1実施例の広角端に於けるレンズ断面、第3図Bは第1実施例の望遠端でのレンズ断面図、第4図Aは第3図Aの、第4図Bは第3図Bの、各々レンズ断面に於ける諸収差(球面収差、正弦条件、非点収差、像画湾曲)を示す図である。・・・又、下記の実施例に於いて、Riは第1面の曲率半径、Diは第i面と第i+1面の間の軸上肉厚或いは軸上空気間隔、νはアツペ数、Nは屈折率を示す。」(同5欄6~23行)の記載とともに、第1~第5実施例が記載され、各実施例においてRi、Di、ν及びNの各要素についての数値を具体的に規定することより、各実施例のレンズ構成において、諸収差が、第4、第6、第8、第10、第12図の各A、B図示のように補正されることが説明されていることが認められる。  しかし、本願発明においては、前示本願発明の要旨に示すとおり、第1レンズ群が全体として正の、第2レンズ群が全体として負の各屈折力を有することと、各レンズ群を構成する各レンズの種類、枚数及び配置順序、屈折力(正、負)を規定するに留まり、上記各実施例において規定されているRi、Di、ν及びNの各数値については何ら規定するところがないことが明らかであり、一方、本願明細書の上記説明と「ズームレンズの設計と評価」(甲第15号証、この文献は本願出願後に発行されたものであるが、ズームレンズの光学設計の基本は本願出願当時と変わらないことは、原告も自認するところである。)の記載によれば、これら実施例における収差補正の効果は、上記各要素の具体的数値により規定されるものであることが認められる。  そうすると、収差補正の技術手段に関係する事項を規定していない本願発明の構成によっては、本願発明のズームレンズのすべてが、はたして各実施例につき記載されていると同じに「ズーミングする際の諸収差、特に球面収差、像画湾曲、コマ収差等の変動を除いて良好に収差補正をすることができる」効果を奏するものかは不明というほかはない。  このことからすると、上記引用例3~6に開示されている周知のレンズ配置と同じ配置である本願発明の要旨に示す本願発明のレンズ構成をもって、この周知のレンズ構成との設計思想上の差異及び効果の差異をいうことはできず、両者の設計思想上の差異及び効果の差異をいう原告の主張は採用できないものといわなくてはならない。  また、このように、本願明細書に記載されている収差補正の効果は、本願発明の要旨に基づく効果ということができないから、審決が、「本願発明の効果は、前記周知のものから当業者であれば予測できる程度のものである。」(審決書8頁18~19行)とした審決の判断に誤りはない。  取消事由2及び3も理由がない。 3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。  よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

昭和62年審判第3022号

審決

東京都大田区下丸子3丁目30番2号

請求人 キヤノン株式会社

東京都大田区下丸子3-30-2 キヤノン株式会社内

代理人弁理士 丸島儀一

昭和56年特許願第86188号「超小型なズームレンズ」拒絶査定に対する審判事件(平成4年6月5日出願公告、特公平4-34125)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1. 手続の経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和56年6月4日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後の平成5年3月30日付手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「バックフォーカスの短いレンズに於いて、物界側にあって、少なくとも2枚以上の正レンズ及び少なくとも1枚以上の負レンズを有し、全体として正の屈折力を有する移動可能の第1レンズ群と、像面に対向し、少なくとも1枚以上の正レンズと少なくとも1枚以上の負レンズを有し、全体として負の屈折力を有する移動可能な第2レンズ群が単一の系を成す様に順に配され、前記第1レンズ群の少なくとも1枚の負レンズの物界側と像界側に各々少なくとも1枚の正レンズを有し、また前記第2レンズ群内の最も物界側に像界側のレンズ面が凸面である正レンズと像界側に像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズを有しており、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングする事を特徴とする超小型なズームレンズ。」

にあるものと認められる。

2. 引用例

これに対して、当審における特許異議申立人、オリンパス光学工業株式会社が甲第1号証として提出したJournal of the SMPTE Volume 69 August 1960第534頁乃至第544頁、甲第2号証として提出した林一男等著「写真技術講座1 カメラ及びレンズ」共立出版(昭和30.11.25発行)第159頁乃至第211頁、甲第3号証として提出した特公昭43-3417号公報(昭和43年2月7日出願公告)、甲第4号証として提出した実公昭45-7412号公報(昭和45年4月10日出願公告)、甲第5号証として提出した特公昭47-33369号公報(昭和47年8月24日出願公告)、甲第6号証として提出した特開昭49-113621号公報(昭和49年10月30日出願公開)には、以下の事項が記載されている。

(1) 甲第1号証

物界側にあって全体として正の屈折力を有する第1レンズ群と、像面に対向し全体として負の屈折力を有する第2レンズ群とを順に配し、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングするようにしてズームレンズを構成する旨の事項(第536頁乃至第537頁及びFig.3参照)。

(2) 甲第2号証

「望遠写真レンズには、主として二つの形式がある。第一の形式はその初期において発表した望遠アタッチメントと称すべきものである。普通の写真レンズの後方に適当な距離を離して、球面収差、色収差を補正した色消凹レンズを配置するもので、Compound objectiveとよんだ。この凹レンズと前方の写真レンズとの間隔を調節することによって、ある程度、合成焦点距離を変化することができるものである」という事項(第186頁第2行乃至第12行)。

(3) 甲第3号証

物界側から順に、正レンズ、負レンズ、正レンズ、像界側のレンズ面が凸面である正レンズ、及び、像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズからなるレンズ構成を有する望遠レンズ。

(4) 甲第4号証

物界側から順に、正レンズ、負レンズ、正レンズ、像界側のレンズ面が凸面である正レンズ、正レンズ、及び、像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズからなるレンズ構成を有する望遠レンズ。

(4) 甲第5号証

物界側から順に、正レンズ、負レンズ、正レンズ、正レンズ、像界側のレンズ面が凸面である正レンズ、及び、像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズからなるレンズ構成を有する望遠レンズ。

(4) 甲第6号証

物界側から順に、正レンズ、負レンズ、正レンズ、負レンズ、像界側のレンズ面が凸面である正レンズ、及び、像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズからなるレンズ構成を有する望遠レンズ。

3. 対比

ズームレンズの技術分野においては、物界側にあって全体として正の屈折力を有する第1レンズ群と、像面に対向し全体として負の屈折力を有する第2レンズ群が単一の系を成す様に順に配されたいわゆる望遠タイプのレンズ系を採用し、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングするようにしたズームレンズは、前記引用例1及び引用例2に示されるように、本願の出願前周知である。

本願発明と前記本願の出願前周知のものとを対比すると、両者は、いわゆる望遠タイプのズームレンズであって、物界側にあって全体として正の屈折力を有する移動可能の第1レンズ群と、像面に対向し全体として負の屈折力を有する移動可能な第2レンズ群が単一の系を成す様に順に配され、前記第1レンズ群と前記第2レンズ群の間隔を変えてズーミングするようにしたものである点で一致しており、以下の<1>及び<2>の点で相違する。

<1>本願の発明は、バックフォーカスを短くして超小型化を図った点。

<2>本願発明は、第1レンズ群が、少なくとも2枚以上の正レンズ及び少なくとも1枚以上の負レンズを有し、少なくとも1枚の負レンズの物界側と像界側に各々少なくとも1枚の正レンズを有しており、第2レンズ群が、少なくとも1枚以上の正レンズと少なくとも1枚以上の負レンズを有し、最も物界側に像界側のレンズ面が凸面である正レンズと像界側に像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズを有しているレンズ配置(以下「本願発明に係るレンズ配置」という。)の望遠タイプのレンズ系を採用した点。

4. 当審の判断

そこで、前記相違点について検討する。

前記相違点<1>に関しては、レンズ系として望遠タイプのものを採用し、バックフォーカスを短くして超小型化を図ることが、本願出願前周知であることを考慮すれば(例えば、特開昭55-73014号公報や写真工業1979年8月号第74頁の「レンズ」の項及び図5参照)、望遠タイプのレンズ系を採用するズームレンズにおいてもバックフォーカスを短くして超小型化を図ることは、当業者が容易になし得る設計上の事項と認められる。

次に、前記相違点<2>について検討する。望遠タイプのレンズ系においては、物界側から順に正レンズ、負レンズ、正レンズのレンズ配置を含むレンズ群と、物界側から順に、像界側のレンズ面が凸面である正レンズと像界側に像界側へ凸面を向けたメニスカス負レンズのレンズ配置を含むレンズ群からなるレンズ配置すなわち本願発明に係るレンズ配置は、前記甲第3号証乃至甲第6号証に示される如く周知である。したがって、望遠タイプのレンズ系を採用してズームレンズを設計するに際し、当該望遠タイプのレンズ系のレンズ配置として前記周知のレンズ配置を選択して、本願発明のズームレンズを構成することは、当業者が容易に成し得る事項と認められる。

そして、本願発明の効果は、前記周知のものから当業者であれば予測できる程度のものである。

4. むすび

したがって、本願発明は、前記本願の出願前周知のものに基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年10月4日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例